委ねることにたいして、受け身になりすぎていたのかも知れない。
すべてとの一体感でエネルギーに満ちるところまでで止めていた様な。
満ちるだけで使ってないっていう感じだったかも知れない。
エネルギーを力に変えてこそ、真の創造になるのではないか?と思った。
ただ、その時に我が出てしまうとダメなので、そのバランスを掴まないとダメだろうね。
無心のままで波動を発する感じにすれば良さそう。
エネルギーをエネルギーのままで置いておくのも良いのだろうけど、やはり力に変換はしておいたほうが効率は良いからね。
自分の立ち位置がエゴの時は、委ねることに全振りで良いのだけど、自分の立ち位置がすべてと一体の意識にシフトしてきたら、意図を持たないと単なる無のままって感じなのだろうね。
いまを意識する時は、小脳から下半身へ下降してくる感じだけど、力に変化していくときは、下半身から上昇していく感じがする。
尾てい骨か仙骨辺りが変換点なのかも知れない。
正直、へそとも迷ってはいるのだけどね。
これは、しばらく様子見。
腹って括りにまとめるのもアリかもとは思ってる。
位置的には小腸になるけど、小腸で変換ってのも違う様な。
わからんけど。
取りあえず、力に変換するということを意識するだけでも、結構違うというのは分かった。