源(ソース)の事に夢中になってから、天地自然の氣を放置していたかも知れない

2016年12月22日


私の原点は、天地自然の気を取り込みながら気を高めて行く気功だったし、それで気を高めてきたのだけど、源(ソース)と繋がる事を意識し出してから、天地自然をあまり意識しなくなっていた事に昨日気づきました。
一体いつからなんだろう。
源(ソース)を意識する事はもちろん重要なんだけど、天地自然だって同じ様に重要なんだよね。
にも関わらず、源(ソース)にばかり意識を割いていた。
まあ、両方同時っていうのが以前のレベルでは難しかったっていうのはあったから、源(ソース)を意識するには天地自然の気を放置するしかなかったというのは否めないですけど。

現実世界を含めた天地自然の気は被創造物の気なんだけど、被創造物だから取り込まなくていいやっていう想いが無意識レベルであった様な気がする。
被創造物っていうのなら、食べ物だって被創造物な訳で、自分は食べ物は食べてるだろうがよって。
なぜ、被創造物の気だけ取り込むのを止めるという想いが生じていたのか、本当に謎。
天地自然の気は生命維持には欠かせないし、現実世界の気は人の気とか、お金の気とか含みますからね。
まあお金の気は天の気とも関係深いのだけど、どちらにしても外界の気を取り込まないと、現実世界での生活がやりにくい感じになる。
源(ソース)の根源の気を得ることで、カバーはしていたのだろうけど、全部創造するより、既に世界にある被創造物の気を取り込んだ方が楽ですよね。
創造する必要があるものが減る訳で。

一応、現実世界の気も含めて天地自然の気も感じてはいたのですよ。
でも気を感じるだけで、取り込んではいなかった感じ。
感じるイコール取り込むという事でもないのにね。
感じる事で一定の影響は受けるけど、天地自然の気を取り込むのとはまた違う。

例えは変だけど、食べ物の匂いを嗅いでいるだけで、食べていない様な感じと思って頂ければ。
美味しそうな匂いを嗅いだだけでも、心理的には影響を受けますけど、腹の足しにはならないですよね。
そんな感じ。
取り込んでいたのはヒーリング時の邪気のみだったという。

今回、いまここに在ることで源(ソース)との繋がりが密になってきて、自己の意識が外界にまで拡がってきて、ふと、アレ?って思った感じです。
外界も自己なのなら、天地自然も自己なんだし、それなら天地自然の気と身体の気を循環もさせておかないとダメじゃ無いかと。
天地自然と一体化した自己の内側が源(ソース)という事なんだろうしね。
だから空間全体から気が湧いてくるという事になる。

自分を身体だけに限定していたからそんなことになるんだろうね。
現実世界は自分の心の投影とかそういうレベルの話じゃないという事でしょうな。
天地自然も含めた感じている現実世界が自分自身だという事なのでしょう。
だから現実世界との気のやり取りは、身体の中の気の流れみたいなものだから、遮断してはいけないのにね。

「いまここ」は源(ソース)なんだけど、それは身体を含めた現実世界全体でもある訳だから、根源の気は空間全体に湧き出しているという事でもある。
そして空間全体が自分の身体の様なものだということ。

で、源(ソース)は神でもあるのですが、その神が肉体を通して現実世界という身体を感じているという事。
現実世界の中枢神経に相当するのが肉体という事かも知れない。

源(ソース~とは世界全体で繋がっているのだけど、中枢神経である肉体と源(ソース)は肉体以外の場所とは違う特殊な繋がり方をしているという事ではあるのでしょう。
肉体の末梢神経も含めた神経系そのものが源(ソース)との神経接続的な認識で良いのかも知れないね。
人の数だけ神経接続されてる訳だから、その辺は色々ありそうだけど(笑)

それはさておき、現実世界が自分という視点に立てば、他者も自分であるというのも、単なるおとぎ話ではなく物理的な事実と理解出来る。
「在るのはひとつの私達」という表現があるけど、まさにそれはそういう事なのだろう。
とは言え、私の現実は、私という特定の個人からの視点の現実でもあり、他者は他者の視点の現実なので色々な事が起きるというのはあるのだろう。
でもそれも、全ての人が現実世界が自分の身体なんだと理解すれば上手く回るとも言えますね。
地球には80億人近く人がいるから、大変だろうけどね(笑)

ただ、パラレルワールド的な観点があれば、それもクリアできるのかも知れない。

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