完全に委ねる為には、自分の全てを明け渡す必要があるのだけど、明け渡しているつもりで、脳を明け渡せていなかった。
首から下を明け渡していただけだった。
自分的には全てを明け渡していると思っていたにも関わらず。
内と外は境界が無いという認識まで出てきていたのに、この有様(笑)
脳はエゴの最後の砦だから、自分自身を騙してでも明け渡す事に抵抗するのだろうね。
そして明け渡していると思い込んでいるから、それ以上の事をしようとは思わないという。
でも、氣付いてしまった。
脳を明け渡してないって事は、脳が宇宙と分離しているという事だからね。
そしてこの人生の体験は脳で認識しているのだから、いくら首から下が全てとひとつであっても、肝心の脳が分離していたら、体験は分離に基づいたものになるのは必然ということ。
それで、脳も明け渡す方向で取り組んで、上手く明け渡せていたのに、何か違和感があって。
そしたら、大脳だけ明け渡していた事に氣が付いたという。
脳幹は元から宇宙と一体だから問題ないのだけど、小脳を明け渡してなかった。
最後まで氣が付けなかったという事は、エゴの最後の砦は小脳って事なのかもね。
思考と感情のプログラムであるエゴは、小脳に構築されているのかも知れない。
そして、そのエゴのパターン通りの現実を創造しているという訳です。
ですから、小脳を明け渡す事で、思い込みを変化させる事ができそうな印象。
まあ、思い込みは変えようとせず、ただただ明け渡す感じにすることで、本来の在り方に変化するという事なのでしょうね。
分からんけど(笑)
小脳を明け渡す感じにしていたら、小脳が凄く活性化している感じが出ている。
後頭部が脈打ってるもからねぇ。
ここで、小脳に新たな刷り込みをしようとすると、またエゴが勝ってしまうから、干渉せずに任せる。
明け渡すというのはそういうことなのだろう。
これまでもエゴは小脳に構築されているのではないか?と考えていた事もあるのに、結局、大脳がエゴの座だと思い込んでいたから、小脳が直ぐにノーマークになってしまってた様です。
そして小脳を開放しようとしていたら、背後の感覚がまた出てきました。
ああ、そうだったねと。
ただし、以前の背後の感覚とは結構違う印象ではあるけど。
何が違うとが、なかなか表現しにくいのですけどね。