どんな願いでも諦めなければ叶うというのは本当か?
簡単に諦めてしまうのも違うと思いますが、どう足掻いても不可能な願いにしがみつくのも違うと思っています。
どんな願いでも諦めなければ叶うという綺麗事を言う人もいますけど、そんな事は無いですよね。
どう考えても無理な願いというのは、確かに存在します。
もし、願いが叶っている状態を想像出来ないなら、その願いが叶う事はありません。
想像する事ができるなら、叶う可能性はありますが、それでも絶対に叶うとは限らないです。
上手くやれば叶うかも知れませんが、諦めないだけでは叶いません。
そんなのただの執着ですしね。
自分の天命に沿った願いであれば、一見、無謀な願いでも、何らかの力が働き叶っていくものですが、そうでないなら、簡単そうな願いでも叶わないことも多いものです。
真剣に取り組んでいるのに10年経っても上手くいく兆しも無いなら諦める勇氣も必要
願いを叶えるために真剣に取り組んでいるのに10年経っても上手くいく兆しが無いなら、それは諦めた方が良い様な氣はします。
その願いが天命に沿っているのに、10年も真剣に取り組んで何の芽も出てない何てことはないですからね。
そんな状態でも諦めずに人生を浪費するより、見切りを付けて、実現可能な願いに切り替えた方が幸せになれます。
願いが叶えば良いってものでもない
充分に成熟していない自我の状態で持った願いは、必ずしも天命に沿っているとは限りませんし、天命に沿っていない願いを無理矢理叶えたとして、それで幸せになれるとも限らないのです。
願いが叶った為に不幸になってしまったという様なことは、結構、起きていますからね。
願いが叶えば良いってもんでも無いのです。
その願いは自分の天命に沿っているか見極めること
ですから、どんな願いでも諦めなければ叶う!とか思うのではなく、この願いは自分の天命に沿っているのかどうかを、見極めることが大切です。
若い時に、この願いこそ自分の天命だと思ったとしても、年月を経て成長した現在の自分が再確認したら、これは違うと感じる事もあると思います。
その場合は、スパッと見切りを付けて、別の願いに切り替えた方が幸せになれます。
時には諦める勇氣も大切だということです。
戦略的撤退というヤツですね。
何が何でも願いを叶えるという氣持ちは、執着に変化してしまい、幸せな人生の邪魔になるものです。
願いが天命に沿っているなら、一見無謀な願いでも上手くいく
先にも述べました様に、その願いが天命に沿っているなら、一見、無謀な願いに見えても真剣に取り組みさえずれば、思いがけないサポートが入ったりして、自然に叶っていくものです。
だからと言って楽とは限りませんよ。
かなりキツイ想いをすることはあるかも知れません。
それでも願いそのものは、上手く流れが出来て叶っていくということです。
委ねる氣持ち
こういう流れにのる為には、委ねる氣持ちが不可欠です。
この願いが自分の天命に沿っているなら叶うし、叶わないのならそれは天命では無いと受け入れる氣持ち。
為るように為るのが自分の人生にとって一番良いと理解し、宇宙を信頼することです。
委ねる氣持ちは、幸せな人生を引き寄せる為に不可欠です。
それは願いに執着しない氣持ちでもありますね。
人生、諦めが肝心
人生、諦めが肝心という言葉があります。
これは別にネガティブな言葉ではなく、願いを見極めて、叶わない願いに執着するな!という意味で受け止めれば、役に立つものです。
叶わない願いを諦めた結果、素晴らしい現実が展開する可能性もあるのです。
願いが叶わないと幸せになれないと思っているなら、それは大きな間違いなので、考えを改めて下さい。
幸せな氣持ちでいるから、天命に沿った願いが叶うのです。