スピリチュアル

体感的には、魂はへそ辺りに在るのかも知れない。

現実世界と違う次元だから、大きさとか位置とかあまり意味は無いような氣はするけど、体感的な位置というのは確かにあるので。 へその位置まんまっていうよりは、少し奥な感じですが。 その魂の中心から、波動を放っている感じ。 なので、へそから氣を出すのとは、ニュアンスは違います。 これって、バーバラ・ブレナン氏の提唱するコアスターに近い感覚なのかも知れない。 まあ、位置は若干違うけど。 今月初めに書いていた、オーラから氣を放つ感覚をより洗練できた感覚になります。 なんかね、へその奥辺りに、太陽がある様な感覚でね。 ...

愛に満ち溢れるというのも、エゴの抵抗だったと氣付いた

愛に満ち溢れるとか一見素晴らしい事の様に感じるけど、これもエゴの巧妙な罠だった。 見事に騙された。 まあ、自分で自分を騙していたわけですが。 へそや心臓、盆の窪から氣を取り込むというのもエゴの抵抗。 少し前、全ては氣の波動であり、エネルギーそのものなのだから、そもそも氣を取り込む必要すら無いって書いていたのにね。 そして氣は愛そのものでもあるのだから、物質も含めて全てが愛から生じているもの。 つまり、愛そのものであるということ。 最初から世界は愛で満たされているのに、肉体に愛を満ち溢れさせるという事自体が ...

愛はハートから満ち溢れる感じが正解だろうね

この辺の感覚も、ずいぶん忘れていたというか。 へそ、心臓、盆の窪から取り込む感じにしたら、心臓から湧き出してくる氣があって、それって愛だよなぁと。 何も分かっていなかった頃の方が素直にそれを愛だと理解していたのかも知れない。 心臓からエネルギーが溢れる感覚はあったのだけど、それを創造力の開放と称して、そのまま現実世界に放出していたのが、間違いだったという事なのだろう。 そうじゃないんだと。 そのエネルギーは愛そのもので、それは外界に放出するのではなく、自分の肉体を満たすこと。 そして外界に溢れ出すもの。 ...

へそ、心臓、盆の窪

肉体へのとらわれの強さが、様々なやり方の解釈の間違いに繋がっていたのだろうと、改めて感じた。 肉体は魂が創造した現実を、感じたり体験した入りする為の器であるという前提で解釈しなおせば、へそや心臓、盆の窪の使い方がみえてくる。 全部、そこから取り込めば良かっただけ。 肉体は感じる為のものなのに、肉体から創造力を開放しているという想いがどうしても抜けなかった為、へそや盆の窪からは取り込むが、心臓からは力を開放するとか、そんな解釈が消えなかった。 心臓でも感じるって理解出来たら、なんかいい感じになってきた。 「 ...

久しぶりにyoutubeにアップしました。

昨年の12月くらいから氣の使い方に大きな変化がでまして、身体から氣を出す感じではなくなったので、以前のカメラに手のひらを向けているヒーリング動画ではサンプルにならないと言うことで新たにヒーリング動画を撮りました。 あと、ビデオカメラも買いました(笑) 安物ではありますが、今回の動画まではスマホで撮影していたので、それよりは少し画質は良くなった様な氣はします。 それはさておき、氣の使い方が変化したことで、大幅に波動が高まっています。 以前のヒーリング動画の波動は、今回のに比べるとだいぶ重いです。 消したいと ...

オーラで創造する

オーラと魂が同じもので、自分が魂の立ち位置になると、自分の大きさがオーラの大きさになるという事で、肉体より結構大きい訳です。 高さ3メートル幅2メートル位にはなるんじゃないだろうか。 入り口とか引っかかって出られないと思われるかも知れないけど、波動領域が違うので、オーラは壁抜けができるので、そこは問題が無い。 車とか運転していれば、車体からはみ出している感じになる。 いま、その感覚に慣らしているところ。 以前より、肉体を小さく感じたりするので、なかなか奇妙な感覚ではあります。 物質世界を感じるのは肉体なの ...

頭の外で考えるという事をやっていたのを思い出した

忘れていた訳ではないのだけど、最近はあまり重要視していなかった氣がする。 以前の時とは認識が変化しているので、頭の外で考えると言っても、若干ニュアンスは異なるけど。 体感的には頭の外というのは変わってないのだけど、その考える場所が「無」の領域で考える様な感じですね。 以前の時は「有」の領域で考えていたから、そこが異なっている感じか。 そういう意味では、以前はかなり良い線行ってたとも言えるかも知れない。 体感的には、頭の外には違いなし。 初心者の場合でも、取りあえず頭の外で考える様にしていれば、不意に「無」 ...

小脳からも意識を外すことにした

身体の一部に意識を合わせることもかなり限定させる事になるのだと氣付いた。 何回目?(笑) 同じことほんまループしている感じがするが、しょうがないね。 意識を合わせるのは「いまここ」であって、身体のパーツでは無いってことなのかもね。 この認識は初めてだと思う。 自分の思考の癖として、どうしても肉体のどこかを意識したがる傾向があるのは理解出来た。 でもそれって、肉体にとらわれ過ぎているって事なのかも知れない。 もちろん肉体をないがしろにして言い訳じゃないのだけど、とらわれ過ぎるのも良くないね。 というか、肉体 ...

意識の使い方に少し修正

委ねることにたいして、受け身になりすぎていたのかも知れない。 すべてとの一体感でエネルギーに満ちるところまでで止めていた様な。 満ちるだけで使ってないっていう感じだったかも知れない。 エネルギーを力に変えてこそ、真の創造になるのではないか?と思った。 ただ、その時に我が出てしまうとダメなので、そのバランスを掴まないとダメだろうね。 無心のままで波動を発する感じにすれば良さそう。 エネルギーをエネルギーのままで置いておくのも良いのだろうけど、やはり力に変換はしておいたほうが効率は良いからね。 自分の立ち位置 ...

ひとつ前に書いた、呼吸と「いまここ」の相関は間違っていた。

呼吸と、いまここを相関させるのはやっぱ違うなぁと思った。 いまとここは別々のものじゃないって思い出した。 媒介と波動だから、波動だけ感じるっていうのが違うと。 ちょっと前は、今から思うと、媒介だけ感じる様な意識状態にしていた様で、それの反動で世界を感じる事を戻した感じ。 でも、それも違っていた。 両方を意識する事が重要だったと。 ただ、媒介は「無」なので感じる事はできない。 でも、有である現実世界の影とか内側として意識する事は可能だということ。 以前書いた、ドーナツの穴の様な感じだろうか。 ドーナツの穴と ...

呼吸と「いまここ」の相関について氣付いたこと。

呼吸が非常に重要なことは改めていうまでもないことなんですが、呼吸と「いまここ」はあまり絡めて認識してませんでした。 動作と呼吸は割と絡めてたんですけどね。 結論を先に書くと、呼気が「いま」で創造、吸気が「ここ」で被創造物を受け取る(感じる)」という事なのではないか?と氣付いたという事です。 これは呼気と吸気が創造と収穫のサイクルとリンクしているという事でもあります。 今朝の氣付きが合っているのかどうかはまだこれからの検証が必要ですが。 前置きはこれくらいにして説明していきます。 呼気時に「いま」に意識を合 ...

意識の中に現実があるって書いたけど、正確ではないな。

現実世界がむしろ外側って感じで、意識が内側の様な感覚もありつつ。 でも、本当は現実世界が外側っていうのも正確ではない。 意識に生じた波動が現実世界なのだから、内とか外というのが違うのだろう。 ただ、感覚的には、現実世界が意識の中って感覚も間違いではないし、意識が現実世界の内側って感覚も間違いじゃ無い。 両方とも正しくて間違っている感じか。 よくスピリチュアル界隈で、内側も外側も同じという表現があるけれども、たぶんこういう事なんだと思う。 それと、三次元空間的に内とか外とかとらえているから、こんな表現になる ...

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